箱と箱書について~前編
 横浜は今日も暖かです。ここのところ日によって随分気温の差が激しく、私などは心も体も順応させるのに一苦労です。

 さて今回は箱と箱書についてお書きしたいと思います。

 「箱とは本来、中身を保護するために作られた容れ物です。したがって、その第一の役目は、中身を護るということにありますが、さらに役目を拡げ、中身を飾る、あるいは引き立てる、中身を証明する、由来を示す、等々、いろいろな付加価値を生ずるのです。(中略)
 箱書(はこがき)とはお道具の箱の蓋の甲または裏などに、収納する品名や作者、伝来などを書き記すことで、書付(かきつけ)ともいいます。墨書が一般的ですが、箱の材質によっては、漆書や、蒔絵による字形(じぎょう:箱の材質が唐木であったり塗物の場合に、墨書できないので字形にします。筆者の墨書を箱に写し、そこへ漆を置いて蒔絵にします。字形にすることで中身の風格を誇示することにもなります)を置く場合もあります。また貼紙になることもあります。箱書は元来、その茶器を作らせた人、茶器として取り上げた人、それを所持愛玩した人などによって書かれるものですが、所持者の依頼により、有名茶人や家元宗匠が行う場合も多く、したがって箱書は極書(きわめがき:作者や伝来など鑑識の結論を簡潔に書き付けたもの)とは性格を異にします。」茶道具の箱と箱書 小田栄一著 淡交社刊より抜粋

 さらに茶道具の箱と箱書について具体的にご説明したいと思います。

 箱書をする位置にはある程度の約束事があって、三千家(表、裏、武者小路)や薮内家の宗匠は蓋の裏に箱書するのが一般的です。小堀遠州、片桐石州、松平不昧など大名系は蓋の甲(蓋の表)に書かれています。三千家の宗匠の箱には、蓋の甲には何も書かれていない場合がほとんどで、蓋裏に例えば「志野水指 銘 ○○ 花押」などと書かれています。花押(かおう)というのは、サインのようなもので、自身の名前を図案化したものなどが多いようです。

 前述には説明がありませんでしたが、箱の中身を制作した人自らが箱を用意し、箱書をする場合もあります。これを共箱(ともばこ)と言います。陶磁器の作品に多く、また茶杓のような、制作に特殊な技術を必要としないものにも多く見られ、これを共筒(ともづつ)と言います。箱の前面(側面)は、その中身の制作者が自身の作品であることを証明するために墨書したり、あるいは極書(きわめがき)を書く位置です。但し京焼の永楽家は箱の底面に墨書することが多く、この場合、箱の底面が直接畳に触れない上げ底になっています。陶芸家によっては箱の蓋甲に墨書してしまう方もいます。極書は鑑定書あるいは証明書の代わりになるものなので、一般的には制作者が亡くなっている場合がほとんどで、誰でも書けるものではなく、中身の制作者の近親者や家族、直系の子孫が書いたりします。例えば樂茶碗なら当代の吉左衛門氏が鑑定してから書きます。

 これらを踏まえて、一般の方でも自作の箱書をする場合は、決して蓋裏に書かず側面(前面)に墨書します。桐の箱は墨が滲みやすいので、墨書する前に白墨の粉や、薄めた洗剤を塗布したりして滲みを防ぎます。底部に書くためには上げ底の箱が必要ですが、これは普通の箱よりも上等です。

 さて、家元の宗匠の筆跡にもそれぞれ特徴があって、茶会の楽しみの一つは宗匠の花押を見て、それが何代目の宗匠かが分かることで、場合によると、その宗匠のいつ頃の花押かも分かります。宗匠は代を継ぐ前や、年代によって花押を変えることがあり、それが茶道具商の鑑定にも影響するわけです。

 歴代の宗匠の花押を覚えると、茶道具の正札会なども楽しくなってきます。古い宗匠の箱書のあるものほど高額とは、一概には言えませんが、花押を見て正札の記述を見ずに、何代目かの宗匠かが分かるようになり、そのうち箱書だけでおおよその値段も推測できるようになってきますので、ちょっとした目利き気分にもなれます。、もちろんなかなか買える値段ではありませんが…。

 また茶会で正客をする場合などは、これらのことを知らないよりは知っていたほうが良いようです。席主に道具について尋ねる前に「○○宗匠の△△とお見受けしますが…」などと、こちらからお伺いすることによって、会話も弾みますし、ずぶの素人的な扱いを免れることもあります。但し、知ったかぶりや、自信がないのに発言してうっかり間違えてしまうと、それ以下の待遇になる恐れがありますので注意が必要です。

 ちなみに個人的には表千家十三代の即中斎宗匠のお筆が好きです。花押も特徴的ですが、それ以上に独特の筆跡からは、筆圧や筆の作りにまで興味を抱いてしまうほどの魅力があると思います。花押を見なくても、筆跡だけで分かる数少ないうちのお一人です。

今回はここまで。次回後編も引き続きお読み頂けたら幸いです。
【2007/04/27 18:22 】 | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
出光美術館~志野と織部展
 久しぶりに陶芸教室らしい話題を一つ。今週火曜日、東京・有楽町の出光美術館に行ってきました。志野と織部展ということで展示作品の多さもさることながら、今回は特に作品に描かれている意匠について、興味深い推察がなされていました。

 例えば桃山時代の志野茶碗に多く描かれている反橋の図案は、大阪の住吉大社のそれに由来するものとし、その意味するイメージは、未知なる異界との架け橋、現世と来世の結界となって、聖性を帯びたものとして捉えています。同様に織部焼によく描かれている片輪車は法輪=仏教の教えが衆生の悪をくだき、展転して他に伝わる、という寓意を含んだものとし、籠目文などに至っては網目に六芒星=安倍清明の判、が隠されているという、大胆な着想と説得力をもったものです。 個人的には、吊るし柿や千鳥の図案についての考察などにも、若干の疑問が残りますが、これまで蜘蛛の巣の図案と考えられていたものが、実は水車だったのではないかと言われれば、確かにそのほうが自然な見方のように思えてきます。

 それよりも会場の人の多さには驚いてしまいました。小雨の降りしきる肌寒い平日の午後に、上り下りのエレベーターが常に満員になるほどの集客力がある企画とは思ってもいませんでしたし、さらに観ている方々から漏れ聞こえてくる会話は、非常に専門的な内容ばかりで、中には陶片の展示を横から覗き込むように観察し、素地の薄さを確認するといった、制作側の目線を持った方も少なくありませんでした。

 それだけ志野と織部は人気があるという証なのだと思います。自分も志野を制作する人間として、肝に銘じなければならないことだと痛感しました。

 それともう一つ気がついたことは、出光美術館が表千家流の茶道具を多く所持しているということです。創業者の出光佐三氏が表千家との縁も深く、館内の茶室「朝夕庵」の今回の道具組も、表千家流家元の箱書(はこがき)のあるものが多く展示してありました。

 茶道具では道具と同等の扱いを受けるのが箱ですが、この箱と箱書については次回にでもご説明します。

 日によって気温の差が激しいですので、どうぞ体調崩されませんように。
【2007/04/20 14:54 】 | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
古都のお寺と茶道具Ⅱ~長谷寺のだんご
 最近は変わりやすい天気が続いています。月曜日は天気予報どおり東京や横浜でも午後から雨でしたが、所により雷雨で随分強く降った地域もあったようです。

 ちょうどその雷雨の午後、東京のお台場にあるノマディック美術館にいました。陶芸教室の生徒さんから教えて頂いたのですが、カナダのアーティスト、グレゴリー・コルベールの映像と写真の展示です。聞き慣れない美術館ですが、移動しながら発展していくというコンセプトに始まった美術館で、初めは2002年にイタリアでASHES AND SNOW展と題して作品を発表。ニューヨークでノマディック美術館を建築し、その後サンタモニカ、東京と巡回。6月24日まで展示しています。

 美術館の建物は日本人建築家の坂茂(ばんしげる)氏の設計で、コンテナを組み合わせた概観が印象的です。内部は暗く、写真は和紙にプリントしてあり、映像とともにセピア色に近い基調で、被写体は人間と動物のコラボレートといった、比較的シンプルで、難しく深いテーマを探るというよりも、ストレートにそれを観て、各々感じるものがあればそれで良いといったような、分かりやすい内容になっていると思います。インターネットでも映像が観られますが、美術館全体が一つのコンセプトになっていますので、実際に現地で作品と対峙して頂くことをおススメします。www.ashesandsnow.com
 さて翌日、予告通り(!)鎌倉を一週間振りに再訪しました。さすがに段葛の桜もほとんど散ってしまっていましたが、穏やかなお天気に恵まれ、鶴ヶ岡八幡宮の毎月十日に催される月釜に、いつもの茶友たちと行ってきました。三席あって表千家席、裏千家席と、煎茶席でしたが、それぞれの席で様々なことを目撃することが出来て(意味深?私たちは無事でした。是貴人!←人の名前じゃないよ)、大変勉強になりました。

 お昼過ぎに三席廻り終えたので、皆で長谷寺(はせでら)に行きました。私自身随分久しぶりに境内に入りましたが、以前と変わらず季節の花々が咲いて、展望台からは少し霞んでいましたが広々とした海も見えました。蕎麦とだんごを食べ(私だけひじきご飯をプラス。みたらしだんごは二十数年前と変わらぬ味でした)、のんびりと江ノ電に乗って鎌倉駅で解散しました(そのあと一部のメンバーは、さらに洋菓子でお茶して、寿司屋さんで晩御飯まで食べて帰りました。)。

 少しずつ暖かで過ごしやすくなってきました。家々の庭先や道端には花々が咲き誇り、教室でも日中は窓を開け放ったりして、春を満喫しています。

 最後にお知らせを一つ。HPにもありますとおり、4月29日(日)の午前10時~午後3時まで、教室のガレージでフリーマーケットを開催します。皆様お誘いあわせの上、是非お越し下さい。尚、生徒さんで出品希望の方は、担当北村までお問い合わせ下さい。
【2007/04/13 16:12 】 | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
古都のお寺と茶道具
 花の命は短くて……横浜は桜も散り始め、ほんの数日の見頃でした。寒の戻りとか花冷えというのは今年ばかりではないそうで、統計的には4月に急に寒くなったり、あるいは真夏のような陽気になることが、例年観測されているようです。それにしても、もう少し長く咲いていてくれたら、あと何回かお花見ができたのに…残念です。

 火曜日に鎌倉に行ってきました。前日から急に寒くなって、朝家を出る時は吐く息が白く見えるほど。平日の午前中でしたので、段葛の桜が舞う下を、のんびりと歩いて、その足で本来の目的である、お茶道具の正札展示会に行きました。

 会場となった英勝寺は、寛永11年(1634)、徳川家康の側室・英勝院によって開かれた鎌倉唯一の尼寺で(駆け込み寺の名で知られる東慶寺は、明治に入って尼寺ではなくなったとのことです)、寺域は太田道潅の屋敷跡といわれており、鎌倉駅から北に10分ほど歩いたところにあります。

 お寺の広間にずらりとお茶道具が並べられ、ほとんどが表千家流の好みのものや、箱書のあるものでしたので、お値段はとても手が出ないのですが、間近で手にとって拝見することが出来、大変勉強になりました。

 お茶席もありましたので、会場に入って早々、温かいお茶を一服頂戴して暖を取ることができました。席中の道具類もほとんどが正札の付いた品物で、実際に覚入(樂十四代)のお茶碗でお茶を戴いて、そのあとで正札を拝見したり、普段のお茶席にはない楽しみ方もできました。

 来週もまた鎌倉に行ってきます。今度はもう少し春らしい陽気になると良いのですが…。
【2007/04/06 17:33 】 | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
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