お茶会は楽しいもの
 先日とあるお茶会に行った時のこと。菓子器にとても珍しい漆塗のお重が出ました。五段重ねで一段一段に主菓子がいくつか入っていて、客はそこから主菓子を取り、次の客にお重をまわしていくのですが、流派も違ったため取り扱いもわからず、ほとんどの客が困惑ぎみに末客まで菓子を取り終えると、今度はバラバラになったお重を再び重ねていくということになり、隣り合った見知らぬ客同士がああでもないこうでもないと侃侃諤諤(かんかんがくがく:正論を吐いて屈しないさま。みんなが率直に意見を述べて議論している様子)。

 結局、お運びの若い女性が出てきてお重を元通りにして下さることになったのですが、五段のお重には美しい蒔絵が施されていて、一つでもずれると絵が完成しないものだったのです。

 お運びの女性も少し手間取ってしまい、それを見ていたお席主はまだるっこしかったのでしょう、しまいには怒り口調で別のお運び(少しベテランさん風)に「ちょっとぉ!見てやって!」と命令していました。

 若いお運びの方が気の毒で、少々後味の悪い席になってしまいました。お席主にとっては思い入れのある道具でも、客にとっては少々迷惑なものもあるのですね(お運びにとってもとっても迷惑)。勉強になりました。

 茶道人口も少子化が進んでいると思われますが、あんなに恐い先生ばかりだったらあと数十年後には誰も居なくなってしまうのではないかと心配です。

 客同士でも「そんな言い方しなくても…」と思う時がままあります(私は直接言われたことはないのですが)。折角お茶会を楽しみにして来ても、悲しい気持ちになる時もあります。そんな時、私たちは何のために茶道を修行しているのだろうという、虚しい気持ちにもなります。人それぞれの資質を変えることはできませんが、せめてお茶会の時は、すべての人が楽しい気持ちで帰れるようであって欲しいものです。

 一昔前までは稽古の時、先生に青竹でひっぱたかれたとか、「もう来なくていい」などと言われることもままあったそうですが、きっと茶道人口も多かったからなのでしょう。今はとてもそんな風では若い方は誰も続きません。むしろそんな逆境を生き延びた大先生方だからこそ、弟子に厳しく接してしまうのかもしれませんね。

 私自身はと言うと、茶道の稽古では師匠に甘くして頂くよりも、厳しくご指導して頂くほうが俄然やる気がでますので、昔気質に近いかもしれません。人それぞれ褒められて伸びる人、叩かれて強くなる人、様々だと思いますが、いずれにしても茶道の楽しさが前提であって、それがなくなってしまっては元も子もありません。

 見知らぬ者同士がたまたまお茶会で隣り合わせ、道具のことなどで交わすちょっとした会話が楽しかったりします。人間関係が希薄になりつつある現代にこそ、茶道が何かの役に立つのではないかとも思います。

 *追記:喧々諤々(けんけんがくがく)は、喧喧囂囂(けんけんごうごう)と侃侃諤諤(かんかんがくがく)の混交表現で、誤りやすい慣用語句の1つなのだそうです。
一年ぶりの九十九里浜テニス合宿。梅雨はもちろん小休止。

【2008/06/27 20:36 】 | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
ウィンブルドン開幕☆
 今日は横浜地方、朝から小雨が降り気温もぐっと下がって寒いほどです。
 ユーロ2008準決勝はドイツがトルコを破り、決勝進出です(私のイタリアはもういません↓)。深夜に生中継ですので、リアルタイムではなかなか観ることができませんが、スポーツニュースではしっかりチェックしています。
 そしてテニスのウィンブルドン全英選手権も始まりました。ロジャー・フェデラー選手が6連覇をかけて挑むこの大会。達成すれば実に122年ぶりの快挙となります。
 ビヨン・ボルグ選手が5連覇を成し遂げた1980年、当時中学3年生だった私は深夜にまばたきするのも忘れるほど、ジョン・マッケンローとの素晴らしい試合に釘付けでした。1-6、7-5、6-3、6-7、8-6とフルセットの末の接戦、常に感情を面に出さず冷静にプレーするボルグが、雄叫びを上げたり審判に食ってかかることもしょっちゅうの悪童マッケンローに競り勝った試合でした。ボルグのラケットは80ポンドで張られているとか(張りの強さ。通常は50ポンド前後)、ボールに順回転をかけるドライブを、更に強力にしたトップスピンというショットや、バックハンドを両手打ちにするなど、後進に与えた影響は計り知れないものがあります。
 ボルグとマッケンロー。まるで正反対の二人でしたが、フェデラーとナダルを見ていると、ちょうどあの頃の二人とイメージが被る気がするのは私だけではないと思います。
 フェデラーは無事初戦突破、ナダルは今日2回戦から登場です。ボルグは昨年のこの大会で、フェデラーこそ自分の5連覇の記録に並ぶべき選手だとコメントしています。
今大会、ナダルも順当に勝ち進み、素晴らしい決勝戦となることを期待しています。
進化し続けるナダルをフェデラーは押さえることができるか。
【2008/06/26 19:50 】 | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
オランダ敗退!
 ユーロ2008の準々決勝、オランダ対ロシア戦は延長の末、1-3でロシアが勝利しました。
予選リーグでイタリアに3-0、フランスに4-1と圧勝し、優勝候補筆頭に挙げられていたオランダでしたが、疲れが出たのでしょうか、終始ロシアペースの試合展開で力尽きました。

 こうなってきますと、したたかさが持ち味のイタリアあたりが勝ち進んでいきそうな気がします。
【2008/06/22 15:18 】 | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
美しいものを愛する人々
 週明けまで爽やかな晴天が続きましたが、横浜はまた梅雨らしい雲に覆われている日々です。 

 先日の全仏決勝、フェデラー対ナダルの一戦。ローランギャロスの観衆はなんとなくフェデラーを応援していたように感じられました。ご指導頂いているコーチによると、ナダル選手のフォームがあまり美しくないため、美しいモノが好きなフランス人はフェデラー選手のほうを応援するのだとか。確かにナダル選手の打ち方は野生的な感じで、美しいかどうかと言われるとちょっと違うかなと思います。一方のフェデラー選手はフォームに限らず試合運びやコート外でも紳士的でスマートに感じられます。

 そう考えるとフランス人のみならずヨーロッパの人々は「美しいモノ」にとても敏感であるように思います。特に私が強く感じるのはイタリア人です。

 イタリアと言ってまず思い起こすのは、ファッションブランド、スポーツカー、オペラ、絵画、彫刻、建築…。これらに共通して言えることは、視覚的な美しさ、カッコ良さだと思います。またサッカーもイタリアでは熱狂的に支持されていますが、これも瞬間的に構築される即興的芸術性が、彼らの美意識の琴線に触れるからなのではないでしょうか。

 そんな訳でサッカー=ユーロ2008もベスト8まできました。前回優勝のギリシア、強豪フランスがグループリーグで敗退する中、果たしてどのチームが頂点に立つのでしょうか?しばらくは睡眠不足が続きそうですが、季節の変わり目でもあり、夏風邪も流行りつつあるようですので、皆様ご自愛のほど。
オランダの強さが光ります。
【2008/06/20 16:24 】 | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
♪劣等感を逆手にとってぇー
 先日、ファミレスで同級生のMちゃんと「劣等感を克服する方法」という話になったので考えてみたのですが、劣等感というものは誰でも多かれ少なかれ必ず持っているものではないかと思うのです。

 例えば「自分は目が一重で細い」とか「足のサイズがデカ過ぎて靴屋さんに靴がない」「日焼けし過ぎで建具と同じ色だ」といった外見的なことから、「家の掃除が好きではない」「物忘れがひどい」などなど…(←全て私のことですね♪)。ひどいのになると「自分は役に立たない人間だ」、「自分が大嫌いだ」などと様々な劣等感を、仮に頭脳明晰・スポーツ万能・容姿端麗な人でも持っていたりすると思うのですね(私は持っていませんが)。

 ということは、みんなが持っているモノを克服しようとする必要がそもそもあるのか?という疑問が生まれるのです。人間で有る以上、突き詰めて言えば肉体と精神が有れば、必ずそこに劣等感も内在するということで、それならば有って当たり前の存在として認めてあげよう♪という答えが出ました(こんなん出ましたケドっ!ていう憑依系占い師さん居ませんでした?昔、関西辺りで)

 「出来ないことが出来るようになりたい」と思い立って、技術を習得する努力や修練を積むことは、時として劣等感が大きなバネになることもあると思います。ただ本当に大切なのは目標達成することではなく、努力や修練を積む(チャレンジする)ことだと思うのです。誰でもフェデラー選手と同じ練習をすれば、同じようになれるとは限りません。が、それで劣等感を持つ必要は全くないと思うのです。同じだけのこと(チャレンジ)をするという経験が大切だと思うのです。

 色んな劣等感を克服しようと努力や苦労をしている人が沢山いらっしゃると思います。でも劣等感とその逆の優越感は、実は全く同じものだったりするのではないでしょうか。

 目が一重で細いことに劣等感を持っている人もいれば、それを逆にチャームポイントだと思い込んでいる人もいる訳で(←私!)、全く同じ状況に対して判断が違っているだけのことなのですね(判断が間違っている?)。

 これは日常のあらゆる出来事についても同じように言えるのではないでしょうか。ある日転機が訪れた時、それを人生のチャンスと解釈するのか、ピンチと判断するのかは、全く自由なのです。せっかくの人生ですから、楽しく生きていくほうを私なら選びます。
フォームの悪さをCGでごまかす

 ネットは調べものにも大変便利です。紫頭巾の白蛇占い師は泉アツノさんでした♀。
【2008/06/13 17:50 】 | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
フェデラー完敗↓
全仏決勝、ナダル選手が四連覇達成です。
それにしてもあまりに予想外の試合結果。世界ランク1位のフェデラーがあれほどあっけなく敗れるとは思いも寄りませんでした。ストレート負けはともかく、3セット目は6-0と、どう攻撃しても逆襲されてお手上げ状態。試合後のナダルのインタビューでは「友人でもある彼の今日の内容は残念だった…」とのコメントもありましたので、フェデラーが本調子ではなかったのかもしれません。それ以上にナダルのプレーはまるで神技のようで、苦しい体勢からでも強烈なリターンをいくつも打ち込んでポイントをあげていました。どんな状況でもポジティブなイメージを持ってプレーする大切さを教えてもらった気がします。

 そして今月末からはいよいよ全英、ウィンブルドンが開幕です。フェデラーが六連覇をかけて挑む大会ですが、彼が今回の悪いイメージを払拭できるかが、優勝するための一つのカギになると思われます。
ドロップショット?
【2008/06/11 18:05 】 | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
6/8今夜全仏男子決勝!
テニスの世界四大大会のひとつ、全仏オープンの決勝がいよいよ今夜行われます。顔合わせはもちろんナダルVSフェデラー。絶好調のナダルをフェデラーは止めることができるのか?!
身長はフェデラーよりあるんだけど。
【2008/06/08 15:15 】 | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
京都・スターツアーズⅣ最終章
 濃茶席でしたので、あわや老師様と同じ一服かと思いきやさにあらず、私たちは点て出しのお茶を頂きました。お点前をして下さったのは、当代随一の数奇屋大工の棟梁・木下孝一さんで、この方も私はテレビで拝見して、仕事には厳しく人に優しいお方だとお慕い申し上げておりまして、半東役の北村美術館館長の木下收さんと「ダブル木下」でのおもてなし。そこに有馬頼底老師と若宗匠が絡むという(ウチのおかんが絡まなくてよかったぁー)、テレビでも観られない夢のような顔合わせが実現したのでした。明恵上人の夢の記はこの暗示だったのか!

 …とひそかに興奮していたのは私だけ?同席していた多くの方が老師様も、ましてやダブル木下もご存じなかったので、これをご覧の皆様もひょっとすると「なにをそんなに興奮してるの」とお思いかもしれません。無理からぬことでございます。スカパーの京都チャンネルの「お茶のある暮らし」という番組をご視聴されない限り、ダブル木下まではとても網羅できませんよ(なぜか上から目線&番宣)。

 ちなみに点心席で樂吉左衛門さんご夫妻にもお会いしたよ~っ(正確には見かけたよ~っだけど)…。ダメ?!かなりメジャーだと思うんですけど。道具商の戸田博さんとご一緒でした…。凄い方々なんだよ~!そのスジでは。そのスジと言えば黒塗りのベンツでお越しになった武者小路千家の家元と若宗匠ご夫妻のお車ナンバーが「10-00」でした。千家だから…。

 しまいには京都美術倶楽部百周年記念で遭遇したナゾの三紳士も飛び出して、京都・奇遇の螺旋ツアーは華やかに終了したのでした。
【2008/06/08 14:57 】 | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
京都・シンクロニシティツアーPartⅢ
 ついにわが人生における長次郎体験第3弾です。やっぱり長次郎は軽すぎず重過ぎない、ちょうど良い手取りです♪見込みは土赤色にカセていて、木下さんによると「茶道具で使わないかんのはまず茶碗ですな。ガラスケースに入れとったらあかんのですわ」とのこと。それでもこの太夫黒はマシなほうなのだそうです。
 形は胴が少し締まって、同じく長次郎作で有名な「俊寛」と同手です。

 俊寛といえば、鹿ケ谷の陰謀(1177年)で鬼界ヶ島に流刑になった僧ですが、昨日行った安楽寺は鹿ケ谷にあるんです。そして鹿ケ谷の陰謀と言えば後白河法皇。その後白河法皇が義経に送ったのが名馬「太夫黒」とくれば、今回の京都の旅には何かただならぬ縁を感ぜざるを得ません。

 さらに床に掛けられた断簡の明恵上人は、安楽寺の由来にもある住蓮上人と安楽上人の師、法然上人と同時代で、彼を批判した『摧邪輪(ざいじゃりん)』を著した人。ちなみに法然上人も先の一件で死罪こそ免れたものの、讃岐国に流罪にされました。(建永の法難)

 さてお坊さんの話はここまでにしてそろそろお茶を、と思いきや、太夫黒を触り終えた我々一行を本席で待ち構えていたのが有馬頼底老師!老師様は小泉元首相時代にブッシュ米国大統領を金閣寺に案内されたお方で、先週のブログの末尾、歩歩起清風(ほほせいふうおこる)の解説でもご紹介したばかりで、もうこうなると偶然ではなく必然、シンクロニシティ発生!ということでお正客に鎮座ましましてございます。一人挟んで武者小路千家若宗匠夫妻もご同席!その隣がウチのおかん!と、とんでもない客組になったのでございました。(いよいよ最終章へつづく)
初登場!
【2008/06/07 14:44 】 | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
京都・奇遇の螺旋ツアー(PartⅡ)・広沢の池にて
 さて昨日のつづきです。京都の旅二日目は母とその友人と三人で、広沢池畔で行われたお茶会に行ってきました。尾形光琳、乾山忌茶会ということで、平成16年から毎年こちらで開催しているとのことですが、私は今回初めての参加です。
光琳乾山忌茶会

 京都の北村美術館、静岡・熱海にあるMOA美術館、東京美術倶楽部の青年会がそれぞれ濃茶席一席と薄茶席二席を担当されましたが、その会場にまず驚きました。
広沢池畔

 MOA美術館の関連施設が京都・嵯峨野の中でも特に平安時代の面影を残していると言われるこの広沢池畔東側にあり、柔らかな山並みの麓、広々とした庭(約1万5千坪)に2本の小川が配され、梅、桜、楓など季節を彩る花木や約100種類もの山野草が植えられています。さらに庭の奥には、閑静な竹林(約3千坪)や嵯峨野を一望できるスポットもあり、四季折々の美しさを満喫できます。
 この地域は歴史的風土保存特別地区に指定され、美観や歴史的風情が保たれているのです。そこはまるで桃源郷のようでした。

 そして集められた茶道具も素晴らしい名品ばかり。まずは何をおいても今回の主役は北村美術館蔵の茶入「広澤」。世にあまたある広澤手の本歌で(今回の会記には"本箇"と記載)、「広沢の池の面に身をなして見る人もなき秋のよの月」の古歌による銘がついています。そのため牙蓋(げぶた:象牙で作られた茶入の蓋。現在はワシントン条約により、在庫によって新しく作られる以外はありません)の裏に、通常の金箔の代わりに銀箔が貼られるのが、広澤手の約束事になっています。銀を使って月を表現するのは和洋共通なのですね(ラテンアメリカでは「金は太陽の汗、銀は月の涙」と表現したりもします)。

 この茶入に関して松平不昧公がしたためた書状の添幅と、宗旦作の茶杓「五月雨」も一緒に寄付きで拝見し、次に小間へ案内されました。

 こちらには、床(掛軸)に明恵(みょうえ)上人筆の夢の記の断簡(40年にも及ぶ観行での夢想を記録した『夢記』の一部。つまり自分が見た夢を小まめに記録していたんですね)、釜と風炉は大原家伝来の肩衝姥口と唐銅雲龍、水指は珍しい古丹波耳付で共蓋が添い、そして茶碗は長次郎の太夫黒(たゆうぐろ)とくれば、もう目的はひとつ!

 ひと通りの説明を係の男性からお聞きしながら、本席が空くまでの待つ間に太夫黒を手に取らせて頂けたらなぁと、男性の説明の間合いを計って狙っていたのですが、説明が終わると本席の様子を見に行くために立ち上がってしまいました。すると茶道口から入れ替わりに一人の男性が。なんと北村美術館館長の木下收さんです。寄付きの一行に気さくにお声を掛けて下さり、「道具の説明はお聞きにならはったか」とまるで親戚の叔父貴のようにご登場、結局ご丁寧に床(掛軸)から全部ご説明下さいました。私はかねがねテレビで拝見しておりましたが、テレビよりも実際の印象がとても良くて、本当に飾らないお人柄なのだと感じ入りました。

 そして太夫黒について「これは義経の愛馬の名前なんですわ。一の谷のひよどり越えの時にも乗っておったそうですわ。案外馬の名前の付いた茶碗は多いんどっせ。どうぞお一人ずつ手にとって行きなはれ」といった京都弁で(厳密には分かりまへんで)、触らせて頂きました。木下さん、ありがとう! (さらに明日につづく)
【2008/06/06 17:27 】 | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
京都・奇遇の螺旋ツアー(PartⅠ)*4日連続更新しまーす☆
 今週の日曜日と月曜日の二日間、京都に行ってきました。台風五号が接近していたこともあって、月曜日には関東地方まで梅雨入りしましたが、おかげさまで強い雨に降られることもなく、ほとんど傘なしで過ごすことができました。

 初日は鹿ケ谷の安楽寺へ。寺の由来は法然上人の弟子の住蓮上人と安楽上人が、現在地より東に1kmほどのあたりに「鹿ケ谷草庵」を結んだことに始まります。当時後鳥羽上皇の女官として仕えていた松虫姫 鈴虫姫姉妹が虚飾に満ちた御所での暮らしに苦悩し、心の平安を求め住蓮・安楽のもとで出家。それが上皇の留守中であったため、この事実を知った上皇は激怒。これを口実に念仏を禁止、住蓮・安楽両僧を死罪、法然上人も高齢にかかわらず讃岐国に流罪にされました(建永の法難)。両姫は瀬戸内海の生口島に移り、念仏三昧の余生を送り、松虫姫は35歳、鈴虫姫は45歳で往生を遂げられたそうです。

 そんなちょっぴり悲しい逸話のあるお寺で、大谷まやさんの屏風絵展を拝見。星雲を思わせる大きな渦と、その外側に描かれた隕石群。さらに屏風を飛び出して、広間に散在する塊たち。これらは炭化焼成で焼かれた陶土で、所々に金箔が散りばめられてありました。
屏風絵展

 実はご一緒させて頂いたSさんのお姉様と大谷まやさんが偶然同じ女子美の同級生であることが直前に判明。この奇遇の螺旋が翌日さらに渦を巻こうとは、この時点では知るよしもがな…。

 そして午後7時からは境内で「見えない次元」と題された、ダンスとCG映像を組み合わせたインスタレーションの上演。

 まず観客は広間で簡単な説明を受けてから寺の山門の外へ。曇り空のせいもありこの刻限の鹿ケ谷は昼でもなく夜でもない、まさに異次元に迷い込んだような明るさ。そして静かに小さな山門が開くと、そこに白妙(しろたえ)の装束で現れた松虫姫と鈴虫姫(Sさんのお嬢さん)。二人の手招きに観客が寺内に吸い寄せられていきます。美しさと怪しさの混在する幽玄な演出に、いやが上にも期待が高まります。
鹿ケ谷・安楽寺山門

 一行はまず本堂へ。ご住職の声明を聞き、さらに回廊を通って奥の広間へ。回廊から広間には大谷まやさんの作品が展示され、広間の屏風絵を前に松虫姫と鈴虫姫のダンスとCG映像。お寺全体の空間を生かした、とても興味深い作品で貴重な体験になりました。
安楽寺回廊にて

 上演終了後はその場で観客、演者が共にお酒を酌み交わし、さらにお寺を下って哲学の道沿いにあるギャラリー「花いろ」にて二次会。脇を流れる疎水ではホタルも見られ、遅くまで美味しいお酒と楽しいお話が続いたのでした。(明日につづく)
【2008/06/05 20:04 】 | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
| ホーム |