続・抹茶碗の重さ
 抹茶碗の重さについては以前にも書きましたが、今回ちょっとした実験をしてみました。
 抹茶碗は使用する前に大抵水やぬるま湯に漬けたりします。これは汚れなどを染み込みにくくするためだったり、また釜から湯をいれた時の急な温度変化をやわらげるためだったりします。陶器や楽焼は水分を吸収する性質があるのですが、では実際にどれくらいの量を吸水するのでしょうか。
 まず乾燥した状態の抹茶碗の重さをそれぞれ計量してから水に漬け、1時間後もう一度重さを計量してどれくらいの水分を吸収したかをみた結果が次のとおりです。

茶碗の種類  乾燥時  水漬け後  吸収率(増加した分÷乾燥時の重さ)

志野茶碗 A  606g   646g   6.6% 
志野  〃B  488g   506g   3.7%
志野  〃C  452g   474g   4.9%
萩(井戸)〃   355g   372g   4.8%
白樂  〃   366g   383g   4.6%
黒樂  〃   360g   368g   2.2%
唐津  〃   325g   331g   1.9%
京焼  〃   274g   285g   4.0%
備前  〃   240g   240g   0.0%
素焼き 〃   283g   322g   13.8% 

 志野茶碗AとBは美濃の作家のもの、Cは教室で仕入れた粘土を使って作ったものを計量してみましたが、最も重い志野茶碗Aは素地も厚いせいか40gも水分を吸収しました。薄茶一服の量がおおよそ50g前後ですので、お茶を点てる前からほぼ一服分重くなっているということになります。
 萩(井戸)も作家もので志野Cと同じくらいの吸収率でした。萩はもともと焼き締まりにくい粘土で、叩いても志野より鈍い音がします。そのため実験前の私の予想では志野よりも水分を多く吸うのではないかと思っていました。
 さらに意外だったのが樂茶碗で、まず白樂は現代のもの、黒樂は18世紀初頭頃のものですが、その焼成方法から志野や萩よりも焼き締まらず、或いは素焼きに近い状態なのではと思っていました。しかし白樂の数値は志野Cとあまり差がなく、黒樂に至っては志野Cに比べ吸水率が二分の一以下というものでした。白樂の焼成方法は定かではありませんが、おそらく赤樂と同様、三~四碗を低火度で一緒に焼くやり方なのではと、叩いた音の感じから推測されます。黒樂も焼き締っていない音がするので土に要因があるのか、或いは総釉(器全体に釉薬が施されていること。今回の志野茶碗ABC、白樂、唐津は総釉ではなく土見せといって高台脇から素地が露出しているものです)なので水分を吸収しにくかったのか、いずれにしろ推測の域を出ません。
 唐津も教室で仕入れた粘土で作った茶碗です。叩いた音の感じから志野などよりも焼き締まっていることは想像できましたが、茶陶で重用される土ものの代表格でありながら、実は非常に硬い焼き物であることが吸水率からも分かりました。一般に水分を多く吸う焼き物ほどもろく、保温力がある(温度が伝わりにくい)と言われ、茶道においては保温力がある樂茶碗は第一とされ、またもろい焼き物は永久性のあるものを喜ばない茶の湯の精神に符合しています。水分を吸わない焼き物ほど硬く、冷めやすい=温度が伝わりやすいと言われています。ヨーロッパのティーカップなどに取っ手が付いている理由の一つは、ヨーロッパなどでは磁器が焼き物の主流で、磁器の性質=非常に硬く、温度が伝わりやすい=熱い液体が入っている場合、直接手で持てないからなのです。同様のことが古唐津の茶碗にもいえて、さすがに抹茶碗に取っ手は付けないので、手が直接触れる部分、つまり茶碗の高台脇から腰にかけての粘土が厚手に作ってあり、保温力の向上と手で持っても熱く感じないように配慮してあります。
 次に京焼の茶碗ですが、京焼に使用される粘土は一般に仁清土(にんせいつち)と呼ばれ、非常にきめが細かいので半磁器(はんじき=半分磁器=陶器と磁器の中間のような風合い)とも言います。しかし今回の結果を見る限りではやはり陶器であると再認識させられました。京焼の抹茶碗の見込みに茶渋がついたり、土が露出している高台脇などが黒ずんだりするのも陶器特有のものですが、陶器より温度が伝わりやすく、茶碗が熱くて持てないということが京焼の抹茶碗にはよくあります。半磁器といわれる所以はこのあたりの性質からもうかがえます。
 備前焼は以前にもお話しましたが、器(せっき)といって水を吸収しないので重さの変化はありませんが、念のため教室でいつも使用している粘土で実験してみました。それから素焼きの茶碗は800度で焼成したもので、やはり参考までに計量してみました。

 以上の結果から、陶器は2~6%前後水分を吸収することが分かりました。製品の厚さや形状によって一概には言えませんが、水分を吸収する陶器は使用前に水を吸わせること以上に、使用後充分乾燥させてからしまうことが重要です。
 抹茶碗の重さについてはまだまだ自分なりの考察をしていきたいと思っています。
【2006/05/19 20:30 】 | 未分類 | コメント(5) | トラックバック(0) | page top↑
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コメント
はじめまして。
やっとブログ全部読みましたぁ。長っ!
確かに茶碗の重さは器を作る側にとっても使用する側にとっても気になるもの。お抹茶が入った時の重さは考えたことあったけど、吸収率までは…盲点でした。勉強になりましたわ。けど相変わらずマメねぇ。さすが修行僧だけのことはある(笑)
ちなみに人にとって心地の良い重さってどれくらいなんでしょうね。季節や体調にもよるでしょうけど…茶をかじる者としては興味のあるところです。
P.S.ボサノバ、ジャズ、またお勧めありましたらMD下さい。
【2006/05/24 01:04】| URL | あきコ #-[ 編集] |

あきコちゃん、お忙しい中コメントありがとー、とってもウレシイです!
 抹茶碗を作る側からすると、どんな形のものでも大抵難なく出来るのだけど(←なんか偉そう?)、形が完成した時、重さってそれから考えてるよね?つまり半乾きで削りを終えた時に、形が完成するのが一般的な陶芸の工程だと思うんだけど、重さを考えながら削りはしていないと思うんですわ(←私だけ?ここで言うのは手びねりの場合についてです。窯元の職人さんが慣れた手つきで一日に数百個、ロクロで作るような抹茶碗は形が出来上がった時に重さも予定通りになるよう、道具も揃っているのです)。で、形が完成した時、手取り或いはハカリで計量して重かったりすると、また削って軽くしているんです(つまり一旦完成した形が少し変わってしまいます)。逆に形が完成した時に軽いと、また粘土を付け足すわけにも行かず(付け足すことも出来なくないのですが)、その作品に向けていた情熱がちょぴっと冷めてしまいます。その抹茶碗を使う時必ず「軽すぎるなぁ」と思う自分を想像してしまうからです。
 半乾きの削りの時に焼き上がりの重さを推測するわけですが、半乾きから完全に乾燥させ素焼きをして絵付けして釉掛けして本焼きするまでの間に、水分の蒸発と吸収を繰り返すので厳密な重さの推測ということは不可能でしょう。おおよそ3%前後(500gの抹茶碗なら15g。あくまでも手びねりの作品で)の誤差は許される範囲ではないかと思うのですが、結局抹茶碗を作る側は、厳密な重さまでは責任が持てないわけです。
 そうなると抹茶碗を使う側が俄然有利?になるわけで、「これは重い」だの「軽すぎる」だの好き勝手に言い放題(←私の場合です)。だって作る側は最終的には窯任せなわけだから。
 極論かもしれませんが作る側と使う側とでは、使う側に主導権があるのではないかなと思います。そう考えると現代の陶芸家が作る抹茶碗の中には、逆に主導権を主張しているようなものもあり、まぁ気に入ったものであれば買って使えば良いし、気に入らなければ買わないで良いわけで、HPにもチラリと書いたのだけど、古い抹茶碗でも茶道具でもその価値を見い出し大切にしてきたのは陶芸家でも職人さんでもなく茶人たち=使う側であって、作る側はあくまで使う側に評価してもらわない限り意味がないのではないでしょうか。これは抹茶碗に限らず芸術全体についても言えることだと思うのですが、純粋芸術(抹茶碗のようにお茶を飲むという用途がなく、鑑賞するためだけに作られたもののこと)に置き換えて考えると、制作者と鑑賞者が存在して(ここでいう存在とは、両者が作品に対してのみ個々の精神的衝動を憶えること)初めて芸術が成立するわけで、作る側の自己満足だけでは芸術としては成り立たないと思うのです。もちろん制作者の意図と鑑賞者の受け取り方が相違する場合もあるわけですが、それでも両者が存在するということだけでも非常に意義のあること=芸術だと思います。
 用途のある抹茶碗の場合でも、この両者の存在(芸術性)というものを抜きにしては考えることはできないと思います。芸術性が必要ないのであれば抹茶碗には用途という価値しか残らず、それなら50cc程度のお抹茶が点てられるものなら、プラスチック製品でも紙コップでもなんでも良くなってしまうでしょう(濃茶の場合はもう少し容量が必要ですが…)。そう考えると抹茶碗も純粋芸術に非常に近いものではないかと思えてくるのです。であれば鑑賞者=使う側無しに決して語ることはできないと思います。
 またしても長々と…。申し訳ない。いつもアナタには言っているのでお分かりだと思うのだけど、字面だけだと伝わりにくいし誤解も生まれやすいし、他にも読んで下さる方がいらっしゃるので、ついついクドクドと…。
 ちょうど「続・抹茶碗の重さ」の続編を書いていた時だったので、よい刺激になりました。字面にする唯一の利点は自分の考えを新たに発見できたりすることではないでしょうか。
 ではまた、よろしければコメント下ちい。
【2006/05/24 20:59】| URL | taguchi #-[ 編集] |

最近抹茶碗に興味を持ち始めたばかりですが、とても参考になりました。ありがとうございました。
【2008/08/26 17:32】| URL | nedjpjp #-[ 編集] |
ソウム〜 nedjpjp様
コメントありがとうございます。抹茶碗って面白いですよね。実は私も陶芸に興味を持つようになったそもそものキッカケは抹茶碗なのです。名碗と呼ばれるものを写真で眺め、企画展などで実際のものを観ると、また違った印象を受けたりします。自分の感性で好きな抹茶碗を探したり、買い求めたりすることで、さらに抹茶碗の魅力に気付かされることがあります。抹茶碗一つで人生が豊かになることもあると思います。
【2008/08/27 14:24】| URL | ソウム〜 nedjpjp様 #-[ 編集] |
承認待ちコメント
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【2016/07/23 02:45】| | #[ 編集] |
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