ソウムメイト2017”啐啄同時”

2006/06/02 [Fri]

良薬口に苦し

 毎回茶道に関する話ばかりで恐縮ですが、日本の伝統的なやきものは茶の湯とともに発展してきましたので、使われ方についても少なからず説明させて頂こうと思っています。今回は濃茶(こいちゃ)について書いてみたいと思います。
 濃茶に対して薄茶というものがありまして、これは甘味処などでも飲むことが出来る、「おうす」などと呼ばれているものです。それに対し濃茶というのは3倍くらい濃い薄茶と思って頂いて良いと思います(濃いと薄いって漢字、読み違えそう)。子供の頃、薄茶を飲んで苦いと感じましたが、初めて濃茶を飲んだ時はそれ以上の衝撃でした。苦いなんてものじゃなく、あまり濃いのでドロッとした粘性があり、点てる人によっては茶碗を逆さにしてもなかなか流れてこないほどだったりする、飲み物というよりは流動食のようです。どうかと思いますがさらにこれを客全員で回し飲みします。表千家流の場合は皆同じ所から飲みます。もちろん全員同時にではなく、一人ずつ三口くらい飲んでは飲み口を懐紙で拭き、茶碗を隣の客に回していくのです。懐紙で拭くとはいってもただの紙ですから間接キスに相違なく、初めのうちはかなり抵抗があるものですが、そのうち慣れてしまいます(慣れないとやってられません)。正客は最初に飲むのでまぬがれますが、茶道教室では毎回正客というわけにもいきませんし、風邪気味の人が気を使って最後に飲む末客に立候補するという、美しい光景を目撃することもあります。一碗に人数分の濃茶が点てられ順番に飲んでいくのですが、末客のひとり前の人が一番難しいような気がします。というのは飲む量をちょうど一人分(末客分)残さなくてはならず、自分に茶碗が回ってきた時に量が多いとたくさん飲んで調整し、量が少ないとほんの少ししか飲めないわけです。あまり考えないで自分の分をしっかり飲んでしまうと末客の飲む分がなくなり、あっと思った瞬間口から戻すわけにもいかず、自分のところへ回ってきた時には既に少なかったのよ的雰囲気を隣の末客に醸します。仕方なく末客は飲んだふりをしたり、あるいは諦めきれず茶碗に口をつけたまま真上を向いて、濃茶のわずかな残りがゆっくりと口元に達するまで微動だにしない状態を続けたりします。いずれにしろちょっぴり損した気分で、誰が自分の分まで飲んだのか見当をつけながら茶碗を置きます。
 濃茶を点てる亭主としては、だいたい一碗に3~4人分くらいが理想的で、それ以上でも以下でも点てにくいものです。大抵の場合、濃茶に使用するのは樂茶碗です。京焼の綺麗な上絵が施されているような茶碗はあまり使いません。濃茶の点て方も薄茶とは違い茶筅をシャカシャカしません。一般に濃茶は「練る」という表現を使い、濃茶の粉末を適量のお湯で充分に練った後、もう一度適量のお湯を入れてのばして完成です。茶道教室では薄茶点前を数年稽古してから濃茶点前をさせてもらえるようになるのですが、初めのうちは濃さをどれくらいにして良いものかてんで分かりませんし、点て方も見よう見まねで失敗することも少なくありません。ダマになったり茶筅の中央奥に抹茶の塊が入り込んだりしてしまいます。こんなものみんなに飲ませていいのか、というシロモノが出来上がり良心の呵責にさいなまれますが、それを飲んだために客が命を落とすようなことはありません。お茶は古来より薬として服用されてきたと聞かされているので、客は相当マズイ茶でも飲みます。客からお世辞にも美味しいなどと言われると、亭主としてそれはもう嬉しいものです。
 流派によって所作や点て方など様々な相違点がありますが、いずれにしても茶道の最終目標である茶事(ちゃじ)は、この濃茶一服を美味しく召し上がっていただくために亭主が心を尽くすのです。

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