ソウムメイト2017”啐啄同時”

2008/06/06 [Fri]

京都・奇遇の螺旋ツアー(PartⅡ)・広沢の池にて

 さて昨日のつづきです。京都の旅二日目は母とその友人と三人で、広沢池畔で行われたお茶会に行ってきました。尾形光琳、乾山忌茶会ということで、平成16年から毎年こちらで開催しているとのことですが、私は今回初めての参加です。
光琳乾山忌茶会

 京都の北村美術館、静岡・熱海にあるMOA美術館、東京美術倶楽部の青年会がそれぞれ濃茶席一席と薄茶席二席を担当されましたが、その会場にまず驚きました。
広沢池畔

 MOA美術館の関連施設が京都・嵯峨野の中でも特に平安時代の面影を残していると言われるこの広沢池畔東側にあり、柔らかな山並みの麓、広々とした庭(約1万5千坪)に2本の小川が配され、梅、桜、楓など季節を彩る花木や約100種類もの山野草が植えられています。さらに庭の奥には、閑静な竹林(約3千坪)や嵯峨野を一望できるスポットもあり、四季折々の美しさを満喫できます。
 この地域は歴史的風土保存特別地区に指定され、美観や歴史的風情が保たれているのです。そこはまるで桃源郷のようでした。

 そして集められた茶道具も素晴らしい名品ばかり。まずは何をおいても今回の主役は北村美術館蔵の茶入「広澤」。世にあまたある広澤手の本歌で(今回の会記には"本箇"と記載)、「広沢の池の面に身をなして見る人もなき秋のよの月」の古歌による銘がついています。そのため牙蓋(げぶた:象牙で作られた茶入の蓋。現在はワシントン条約により、在庫によって新しく作られる以外はありません)の裏に、通常の金箔の代わりに銀箔が貼られるのが、広澤手の約束事になっています。銀を使って月を表現するのは和洋共通なのですね(ラテンアメリカでは「金は太陽の汗、銀は月の涙」と表現したりもします)。

 この茶入に関して松平不昧公がしたためた書状の添幅と、宗旦作の茶杓「五月雨」も一緒に寄付きで拝見し、次に小間へ案内されました。

 こちらには、床(掛軸)に明恵(みょうえ)上人筆の夢の記の断簡(40年にも及ぶ観行での夢想を記録した『夢記』の一部。つまり自分が見た夢を小まめに記録していたんですね)、釜と風炉は大原家伝来の肩衝姥口と唐銅雲龍、水指は珍しい古丹波耳付で共蓋が添い、そして茶碗は長次郎の太夫黒(たゆうぐろ)とくれば、もう目的はひとつ!

 ひと通りの説明を係の男性からお聞きしながら、本席が空くまでの待つ間に太夫黒を手に取らせて頂けたらなぁと、男性の説明の間合いを計って狙っていたのですが、説明が終わると本席の様子を見に行くために立ち上がってしまいました。すると茶道口から入れ替わりに一人の男性が。なんと北村美術館館長の木下收さんです。寄付きの一行に気さくにお声を掛けて下さり、「道具の説明はお聞きにならはったか」とまるで親戚の叔父貴のようにご登場、結局ご丁寧に床(掛軸)から全部ご説明下さいました。私はかねがねテレビで拝見しておりましたが、テレビよりも実際の印象がとても良くて、本当に飾らないお人柄なのだと感じ入りました。

 そして太夫黒について「これは義経の愛馬の名前なんですわ。一の谷のひよどり越えの時にも乗っておったそうですわ。案外馬の名前の付いた茶碗は多いんどっせ。どうぞお一人ずつ手にとって行きなはれ」といった京都弁で(厳密には分かりまへんで)、触らせて頂きました。木下さん、ありがとう! (さらに明日につづく)

この記事へのコメント

コメントを投稿する


管理者にだけ表示を許可する

この記事のトラックバックURL

http://yamatetougei.blog46.fc2.com/tb.php/120-f60d5846

この記事へのトラックバック

 | HOME | 

プロフィール

山手陶芸教室 ソウム課だより

Author:山手陶芸教室 ソウム課だより
『貴方の意志が本当に強い時、驚くべきほど多くのことを学ぶことが出来る。』
by チャック・ベリー先輩

最近の記事

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブロとも申請フォーム

ブログ内検索