九州一人旅~三日目Ⅱ~神風連と横井小楠
 熊本大学のすぐそばにある、桜山神社境内にひっそりと佇む神風連資料館。敷地内には士族たちの首領、太田黒伴雄以下123名のお墓があり、彼ら憂国の士の思想を支えた、林桜園の資料や遺品が展示されています。

 資料館の館長さんは大変親切な方で、小一時間ほど色々なお話を聞かせて下さいました。神風連の変というものが内包している純粋さや危うさは、私の拙い文章ではなかなか安易に説明できるものではありませんが、幕末維新の特筆すべき一面として、より広く一般に認識されるべきではないかと思います。

 さて館長さんに、ここから横井小楠(よこいしょうなん)記念館への行き方を教えて頂き、ご丁寧な解説にもお礼を申し上げてバスに乗り込みました。途中で一回乗り換え、市電の終点・健軍町も過ぎ、秋津薬局前というバス停で降りました。

 横井小楠とは…文化6年(1809年)、熊本藩藩士の次男として生まれ、私塾「四時軒」(しじけん)を開いて、多くの門弟を輩出しました。また坂本龍馬や井上毅など、明治維新の立役者やのちの明治新政府の中枢の多くもここを訪問しています。
 松平春嶽の政治顧問として招かれ、福井藩の藩政改革、さらには幕府の政事総裁職であった春嶽の助言者として幕政改革にかかわり、慶応4年(1868年)、新政府に参与として出仕しますが、翌年参内の帰途、十津川郷士らにより、京都市中京区寺町丸太町下ル東側(寺町通り)で暗殺されました。享年61歳。
 勝海舟をして、「この世で恐ろしいのは西郷隆盛と横井小楠の二人だ」と言わしめた、幕末維新の傑物です。

 前回はタクシーで記念館近くに降りたので、看板も出ていた記憶があり、すぐ分かるだろうと思っていたら、歩けども歩けども看板がなく、午後4時を回って閉館時刻が近づいてきてしまいました。ようやく手がかりになりそうな公園を発見。前回は気がつかず素通りしてしまった横井小楠公園です(行きたいのは横井小楠記念館)。
辿り着いた公園に横井小楠先生の銅像が。

 とりあえず記念に写メを一枚撮り、公園にあった周辺地図を頼りに再び今来た道を戻り、もう一度バス停から再スタート。しかし時刻は既に4時20分。一般的に公共の美術館や資料館の閉館時刻で、もうそこからは駆け足になりました。

 ようやく看板を見つけ、書かれている矢印に従って走っているうちに今度は夕立が。閉館5分前にやっと記念館にたどり着くと、雨足が強くなり雷まで鳴る始末。

 係りの方に無理を言って入館させて頂くと、まだ見学中の方もいらっしゃったので、とりあえず前回の見学の時に印象に残った、四時軒の広間へ。四時軒は記念館に隣接して保存されています。
四時軒からの眺め。あいにくの夕立で写メも曇りぎみ。

 四時軒の前を流れる秋津川で、横井小楠を訪ねてきた坂本龍馬が魚獲りをしたという逸話もあり、さらに川をはさんで沼山津ののどかな田園風景が広がっていて、幕末当時とほとんど変わらないのではないかと思えるくらいのんびりとしています。ちなみに四時軒の名前の由来は、ここからの眺めが四季折々素晴らしいことから名づけられたそうです。私も前回来た時に、この広間からの眺めがとっても気持ち良かったので、どうしてももう一度訪れたいと思い、ようやくその念願がかなったのでした。

 他の資料も駆け足で見学し、わずか10分足らずで横井小楠記念館をあとにしました。雨も小降りになり、再びバス停に着くころにはすっかり上がって、傾いた夏の夕日が雲の切れ間から幾筋も伸びていたのでした。

 次回、ついに完結!
【2008/09/12 14:59 】 | 未分類 | コメント(2) | トラックバック(0) | page top↑
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コメント
No title
相変わらず、見事な維新フェチぶり。拍手!

そろそろ、腐った平成の世を私が!っちゅう野望、進展はないのん?
わしゃぁ、1票の用意はあるんじゃが。
【2008/09/14 20:32】| URL | テツ #2DYVJwXU[ 編集] |
お久しぶりで~す。
来週からの個展、楽しみにしてます。
平成の世を私が…、って野望のかけらもございません。ただ幕末維新の歴史について、一人でも多くの方に興味を持って頂くことが、ささやかな私の希望のひとつです。
【2008/09/16 16:19】| URL | ソウム〜テツ様 #-[ 編集] |
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