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十干十二支を西暦に変換する方法

8月に入りましたが、横浜は先月の台風が過ぎ去ってから、幾分過ごしやすくなりました。特に夜は涼しく助かります。

さて、以前に十干十二支(じっかんじゅうにし)のお話をしました(7月13日更新分で)。その後、反響が大きいので(ウソ、大きくはない)、途中で丸投げだったところを、きちんと最後までご説明します。

十干十二支を西暦に変換するには、知っておくべき3つの事柄があります。

①西暦1600年、1700年、1800年はそれぞれ「庚子:かのえね」、「庚辰:かのえたつ」、「庚申:かのえさる」である。西暦1900年、2000年…はまた「庚子」、「庚辰」…と繰り返す。過去100年ごとをさかのぼるのも同様。

②十二支はいずれも「き」「ひ」「つち」「か」「みず」の順に12年周期で繰り返す。例えば西暦2000年の「か」の「え」「たつ」は、次の辰年2012年に「みず」の「え」「たつ」となり、さらに12年後は「き」の「え」「たつ」となる。
ちなみに十干の甲、乙、丙、丁、戊、己、庚、辛、壬、癸=「きのえ」「きのと」「ひのえ」「ひのと」「つちのえ」「つちのと」「かのえ」「かのと」「みずのえ」「みずのと」は、それぞれ西暦の下一桁が4、5、6、…に該当することを覚えるとよい。①のように、西暦の下一桁が「0」ならば、必ず「庚:かのえ」である。

③判別する墨跡などのおおよその年代の見当をつける。例えば歴代茶道家元が活躍した時代を100年単位で覚える。ある流派では、西暦1600年頃二代目が、1700年頃六代目が、1800年頃八代目が、1900年頃十一代目が活躍しているというふうに。

以上、3つの知識があれば、墨跡などの十干十二支を西暦に変換することができます。一瞬にして、というわけにはいかないけれど、2分ほど時間があれば。

<例題>千宗旦(せんそうたん:千利休の孫)の墨跡に、「己丑=つちのとうし」を見たとする。ここから西暦を割り出してみる。

①まず、おおよその年代=上二桁を推測する。宗旦の没年を明確に知らなくても、利休自刃の際、宗旦が幼かったという史実を知っていれば、
誰でも西暦1600年=「庚子=かのえね」前後の墨跡と推測できる。西暦1700年では、宗旦が100歳以上になってしまうからである。

十二支の「丑:うし」は「子」の次の干支であるから、西暦1600「庚子」年の1年後の、1601年が「辛丑:かのとうし」年と分かり、この年を基準とする。

②例題の「己=つちのと」は「辛=かのと」の一つ前であるから、1601年の12年前か、48年後がそれと分かる。答えは西暦1649年である。

最終確認として、十干の「己=つちのと」は下一桁が「9」であるから、②で導き出した西暦と符合する。

それからもう一つ、この1601年から12年を減算した西暦1589年も、同じ「己丑=つちのとうし」として割り出せるが、この年は宗旦11歳であり、
しかも利休存命であるので、宗旦が墨跡を残す可能性は低く、このような場合は、実物の筆跡を見れば分かるものである。

いかがでしょうか。ややこしくて分かりにくいものですが、実際にいくつも自分でやって、正解が出せるようになると、自然に覚えられると思います。また、これ以外にもっと良い方法があれば是非教えてください。

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