ソウムメイト2017”啐啄同時”

2007/08/30 [Thu]

京都・高台寺圓徳院、小間の茶室

 さて、彦根城を散策した後、小一時間程普通電車に揺られて京都に行きました。近畿地方はわずかな移動時間の中で名所旧跡がたくさん集まっていて本当に楽しめます。京都市内は当然のごとく非常に暑かったので、ちょっと贅沢をして貴船の川床料理を食べに行きました。
貴船の川床。渓流によって常に涼しい風がそよぎます

 川床料理というのは文字通り、川の真上や川原に足場を組んで床を張り、涼を取りながら食事ができるというもので、京都市内だと鴨川の川床が有名ですが、真夏は夜でもあまり涼しくありません。その点貴船は、市内の出町柳から叡山電鉄に乗って30分あまり北に行ったところですので、気温が5度くらい違うように感じます。貴船口駅に旅館の送迎車が来てくれて、川沿いの細い道路を5分くらい上流に走ると提灯をぶら下げた料理旅館がたくさん見えてきます。
京都市内、鴨川の川床。暑いので皆室内

 渓流の真上で食事をするので、夜は特に涼しいです。きっとマイナスイオンも豊富だと思われます。お値段は結構しますが、避暑地気分が充分堪能できますのでオススメです。

 さて翌日も京都は猛暑日でしたが、実は茶友の一人から、小間(こま:四畳半以下の茶室。四畳半以上は広間)でお抹茶が頂ける所がある、と教えてもらったので、少しでも涼しい午前中にと、高台寺の塔頭・圓徳院に行きました。真夏にもかかわらず熱いお茶を飲みに行くなんて、どうかしてるとお思いでしょう。同感です。

 圓徳院は秀吉の妻、北政所ねねの終焉の地として知られています。秀吉の没後、北政所ねねは「高台寺」の号を勅賜されたのを機縁に、高台寺建立を発願し、慶長10年(1605)、秀吉との思い出深い伏見城の化粧御殿とその前庭を山内に移築して移り住みました。
 圓徳院は寛永9年、ねねの没後9年目に、兄の木下家定の次男利房の手により、高台寺の三江和尚を開基に木下家の菩提寺として開かれ、高台寺の塔頭とされました。
 一番の見所は国名勝指定の北庭で、池泉にかかる橋が巨岩大岩で構築され、後に小堀遠州の手が加えられましたが、桃山時代の豪胆さが今に残されています。

 高台寺の茶室というと傘亭・時雨亭が有名ですが、圓徳院の茶室は三畳台目(さんじょうだいめ:三畳と、通常の畳の四分の三ほどの大きさの畳が点前をする畳として一つ付随したもの)で拝観順路の一番奥にあり、北庭を見渡せる広間から露地草履に履き替えて、にじり口から入ります。

 もちろん点て出し(お点前は無しで、裏の水屋でお茶を点てて出してくれる)ですが、小間の茶室で頂く機会は他ではなかなかありませんので、とても良い雰囲気で美味しく頂きました。茶室はこれまで一般公開されていなかったそうですが、昨年9月の高台寺周辺の企画展の折に、初めて呈茶席として公開したところ好評だったため、それ以降も継続して呈茶をされているのだそうで、あまり一般には知られていないようです。逆に宣伝しすぎてしまうと、一度に席に入れる人数に限りがあるので難しい点もあるようです。

 圓徳院では楽焼の制作もしていて、この時のお茶碗も圓徳院で制作された黒楽の平茶碗でした。高台脇に「政所窯」の陶印があって、高台寺ではその昔「高台寺窯」というのがあったそうですが、現在の窯は先代の住職が興されたとのことでした。

 お茶を運んで来て下さった係りの方にあれこれ貴重なお話をお聞きできて、あっという間に時間が過ぎていきました。茶の湯好きの方にはオススメです。

 お盆休みを利用して色々なところへ出かけましたが、まだまだ旅は続きます。長くなりましたのでまた次回に。
京都・高台寺圓徳院、三畳台目の茶室でお茶をいただきました

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