お茶道具屋さんあの手この手
 GW中にとあるお茶道具屋さんの売り立てに行ってきました。料亭をお茶道具屋さんが一日借り切って、大広間にずらりとお茶道具を並べてお客さんに見せ、気に入ったものがあれば買ってもらうという催しです。簡単な昼食と、別の広間で薄茶を戴けるというもので、私のような初心者にとって場違いな雰囲気で緊張しましたが、茶道具はこれからの時季に使えるような意匠のものがたくさんあり、また食事も料亭だけあってとてもおいしく頂戴しました。
 最も印象的だったのが薄茶席で、以前にも書きましたが二十人ほどで広間に入って、一通り正客の譲り合いのあとお点前をする方が出てこられました。その方は六十代前半くらいの女性で、一般のお茶会ですと半東か席主が客と会話をしてお点前は別の人がするのですが、その女性は全てを一人でこなしお点前はもちろん、その場の茶道具の説明や正客の質問にも軽妙に冗談なども交えながら、最後には使った道具の値札まで客一同に回覧するという、一般の茶会ではありえないことまでさらりとやってのけました。その席で使われた茶碗や菓子器といった道具もまたお茶道具屋さんの売り物だった訳で、普通に考えると商魂たくましいというか多少なりとも嫌味が出るところなのに、席中は常に和やかな雰囲気であっという間に時間が過ぎていったのでした。
 本来の茶の湯の姿とは少し違うのかもしれませんが、私にとっては普段とは一味違う楽しいお席を経験させて頂きました。
【2006/05/07 13:32 】 | 未分類 | コメント(4) | トラックバック(0) | page top↑
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コメント
こりゃまた粋な・・・
先日はどうもありがとうございました(にこにこ)。

ついに、おじゃましました。

ところで。
この売りたて、なかなか良いお席だったようですね。
やっぱり道具って使ってみないとわからないし。
 「商売っ気ばっちり!なんだけど、嫌味じゃない」って、すごく難しいですよね、実際。

 そんな私も、お茶の世界に再デビウするかもです。
お楽しみに・・・。
【2006/05/12 22:20】| URL | masaco #-[ 編集] |

masacoちゃん、コメント書き込み&品川飲み会&おはがきetcありがとう!
「教室通信」の文体と、いつものメールの文体とどちらで書けば良いのか戸惑いつつ、とりあえずヨソイキでいっとけば間違いないかと思い、若干他人行儀な文章になっておりますがどうぞお許し下さい。
 お茶道具屋さんや骨董品屋さんは入るととても楽しいのですが、敷居が高いといいますか入りにくさを感じたりして、実は普段はあまり行きません。鎌倉の裏通りにある骨董品屋さんのように、観光地でいくつも軒を連ねている所ですとお客さんの出入りも頻繁なので入りやすいのですが、都内のオフィスビル街の片隅にひっそりと佇んでいるような骨董品屋さんだったりすると、何しにきた?的雰囲気が漂っていそうで(骨董品屋さんに限らず、場末の喫茶店とかでもたまに感じたりするのは私だけ?多分思い過ごしなのでしょうけれど)おもてのショーケースを眺めるだけにとどまります。
 それでも物を作る人間の端くれとして本物に触れることは重要だと思っておりますので、東京美術倶楽部で年に数回行われる売り立てには必ず足を運ぶようにしています。様々なお茶道具屋さんや骨董品屋さんが一堂に会して伝世品の数々を出品し、お客さんはそこで実際に手に取って観ることが出来ます。店舗ではなくビルの広いフロアにブースとして出店していますので、前述のような入りにくさは1階の玄関だけで、あとはどのブースにもお客さんが出入りしていて気楽に観て回れます。以前の催しでは長次郎(樂初代)の茶碗、加藤唐九郎の志野茶碗、野々村仁清の水指、桃山時代の黒織部茶碗や志野茶碗など、素晴らしい名品たちに触れることが出来ました。本当なら触るだけの客はお店側としては迷惑なのでしょうけれど、いつかお金が貯まるようなことがあったら買いたいとは思っておりますので、それまでどうかお目こぼしのほど…と思いつつ勉強させて頂いています。
 前置きが長くなりましたが(我ながら教室通信の文章が長くなって困ることがあります)、先日の料亭でのお茶道具売り立ては主に三千家の道具を中心に、それぞれの流派に分類・展示してあってとても観やすかったのと、三千家の好みの違いも分かってとても興味深かったです。流派は違っても心がけることに変わりはないと思いますし、所作や道具の違いにはむしろ一種の憧憬さえ感じます。勿論自分の流派に対する卑下とか批判というわけではなく、それは違う流派に対しても同様に当てはまることで、他の流派の方々との交流は諸々の違いを純粋に楽しんだり、意外な共通点を発見できる良い機会であり、そうして自分の流派や心がけを改めて見つめることにも繋がっていくと思っています。
 masacoちゃんが再びお茶を始めることを楽しみにしています。流派は違いますがいつかお茶事のお招き合いをしましょう。
*追伸*
 料亭の茶席で薄茶を戴いた時、永楽妙全作の道具が出たのですが、例のお点前の女性が「これは"おゆうさん"の…」と何度もおっしゃっていて、最初何のことだか全然分からなくて「おゆうさんって誰?」って思ってたら、それが妙全の本名だと分かりました。妙全は十四代得全の妻で「悠」と書くのですが骨董通っぽくてちょっとカッコいいので、私も今度から妙全のことは"おゆうさん"て呼ぼうっと。
知り合いかよ。
【2006/05/13 19:51】| URL | taguchi #-[ 編集] |
ふむふむ
 じゃ、田口さんが参加した売りたてって「東京デザイナーズ・ウィーク」みたいなもんですかね?
 1客ン十万する椅子に気軽に触れられる&そんな椅子をおいているお店に気軽に入れるってとこが似ているように思います。
 それから、骨董屋。
 いつも作品を見ていただいているギャラリーに通うようになってわかったことがあります。
 骨董品って貴重で、自分が大好きなものだから、簡単に見せたくないって言うか、この人に!って言う人にだけ見せたいんですね、持ち主としては。
 で、一見さんに冷ややかなのは、こいつはどんなヤツなんだ・・・?と思っているからだと思います。
 そのうち警戒心が解けてくると、秘蔵の品を見せてくれたり、かなり気に入ってもらえると、博物館級の品を触らせてくれたりします。
 なので、ここは!って思ったお店には、バンバン行ってみるのをオススメします。
 それでも、しっくり来なかったら、波長が合わないってことで、次へ!

 あ、そうそう。
 以前お話しした料紙(高級書道清書紙)つくり。
 難しかった~。
 奥深い!
 楽しい!!
 「唐長」くらいの「からかみ」ならつくれると思う。これを栞にしたら素敵よね~。
 なので、こちらも極めようと思います。
【2006/05/13 23:56】| URL | masaco #-[ 編集] |

Dear masaco
やっぱりヨソイキ文体だと違和感があるので普段のメール通りにしまーす。(これを読んだ方は逆に私に対してすごく違和感をおぼえるかも)
 まず「東京デザイナーズ・ウィーク」って何?と思ってネットで調べたんだけど、モダンなイベント広告的画像が出てきて、学生作品とか色んなカテゴリーに分けられていて時間がかかりそうだったんで断念しました。またゆっくり調べてみます。私の行った売り立ては古くからある料亭で、都会から幾分離れた場所に広大な敷地があり庭に小川が流れるような、時代と逆行してるような所でした。(そんなんが好きなんですわ)
 骨董屋さん、一軒だけ私の名前を覚えてくださってる方がいらして、東京美術倶楽部でしかお目にかかることがないんだけど(お店は赤坂だったかな?)、やはりそれなりの「授業料」をお支払いしました。そこで購入した品から多くのことを学び、その方からも毎回色んなことを教えて頂けるので、自分にとって非常に高価な品だったけれど、金銭では得られないことを知ることが出来ました。
 骨董屋さんが秘蔵の品を見せてくれるという感覚は、茶道でも似たようなことがあるかも。以前一緒に茶道を勉強していた人で、「茶道ってのは結局は道具を見せびらかすもんなんだな」と言って茶道から遠ざかってしまった人が居たんだけど、これって茶道の先生と生徒がどれくらい意志の疎通が出来ているかということではないかと思います。
 例えば茶道の先生に「これは100万円する茶碗なので気をつけて扱ってください」と言われた時に、その先生の教室に初めて来た生徒は、「金額のことを露骨に言うなんて茶道の本質ではない」と思ってその先生に失望するかもしれない。だけどその先生に何年もついている生徒は「私のような生徒にはまだまだ物を大切に扱う心がけが足りないので、先生にとって金額を口にするのは不本意なことなのにあえて私のためにおっしゃったのだ。しかも貴重な茶碗を自分のために出して見せて下さるとはなんと有難いことだろう。」と受け取ることができる。
 ただし生徒が多いと全員に先生の意図が伝わらず、前者のように受け取ってしまう生徒も出てきてしまうのはどうしても避けられないことだと思います。集団教育の限界とでもいいますか。
 で、私の場合なんだけど少々高いお金を出して買った道具を使う時に、やはり同じようなことを考えます。つまり「この人にこの道具を出した時に、高い道具を持っているんだぞ的自慢だと誤解されないかどうか」ということ。めちゃ仲の良い友達には全部ぶっちゃけて話しちゃうこともできるんだけど、普通の友達には使うかどうしようか悩みますね。そうでなくても何故か私、誤解されることが多いんで。
 普通に家に誰か遊びに来てくれた時、コーヒーとか紅茶とか出すのにやっぱり出来るだけ良いカップで出すやん。(う~ん、どこまで書いても語尾の統一が出来ん。丁寧語なのか「ですます調」なのかはっきりせぇや!)それって当たり前のことやと思うんやけど、それを茶の湯でうっかりやると誤解されるんやねぇ。それだけ茶道が非日常的な儀式のようなものになってるんやろうね。
 てことで、秘蔵の品を見せるということは、見せる側と見る側の親密度がある程度の領域に達した時起こる現象だということを言いたかった訳です。(かっこよく書いたつもりだったけど、結局masacoちゃんと同じことを長々説明しただけだった)

 そういえば以前に料紙作りの話してたね。和紙よりもキメが細かいんだよね?難しそう。自分用の懐紙とか作れたら面白いかも。
【2006/05/14 19:28】| URL | taguchi #-[ 編集] |
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